2011年10月31日月曜日

まだ引っ張ります。

そういう訳でまたもやブリュッセルの聖堂から。故あって聖堂そのものはまた明日。

今日は何かというと、10/24に書いたイエスの一生の連作の話です。
と言うか、一生じゃなくて死刑宣告から復活までを表す「十字架の道行き」というものですが。当時、磔の刑になった罪人は、自分が磔にされる十字架を、刑場であるゴルゴダの丘まで自分で運ばされたんですね。この「道行き」はパネルが壁に掛けてある事が多いんですが、ここブリュッセルのサンミッシェル聖堂のものが凄かったので。

1 死刑を宣告されるイエス


2 十字架を担わされるイエス


3 道行の途中、一度目に倒れるイエス


4 悲しみの聖母に出会うイエス


5 キレネのシモンがイエスの十字架を担う


6 ヴェロニクがイエスの顔を拭う


7 二度目に倒れるイエス


8 悲しむ婦人達を慰めるイエス


9 三度目に倒れるイエス


10 衣服を剥がされるイエス


11 十字架につけられるイエス


12 十字架上で息を引き取るイエス


13 十字架から降ろされるイエス


14 埋葬されるイエス


大変なもんです。本来ならこれを見るだけで一日じゃ足りない位なんですけどね。ま、また来る事もあるかも知れないし。

ところで、この後15番目に「復活のイエス」がある筈なんだけど…見当たらなかった。何故だ?

今でもエルサレムではこの「十字架の道行き」の道程を実際に市内を歩いて辿るそうですね。その道筋そのものは現在ではアラブ地区になってるそうですが、それでも毎週金曜日に行われているとか。

さてと。すみません、また話が飛びますけど、改めてこの14枚の画像を見て、南斗白鷺拳のシュウの最期を思い出したのはおっさんだけでしょうか?

2011年10月30日日曜日

サンタのおじさん。

サンタクロースの起源は四世紀の聖人ミラのニコラスであると言われてますね。

貧しい人達のために尽くした聖人ニコラスには、貧しさの為に娘達を娼家に売らなければならなかった男の家に、金貨の入った袋を投げ入れたとか、煙突から金貨を投げ入れたら暖炉で乾かしていた靴下の中に入ったとか、なるほどサンタクロースの原型らしい伝説が伝えられてます。

そしてこの聖ニコラスはまた、子供や未婚の娘の守護聖人であると共に商人や航海の守護聖人でもあるそうです。昔は貿易と言えば船でしたからね。そしてオランダやベルギーの成立にはこの海運や貿易が深く関わっている訳で、特にオランダやベルギーの商人達は聖ニコラスを崇拝しました。この教会が聖ニコラスを祀っているのもそのためですね。


この町の歴史の奥深くまで根を張り、町を織り成す布目に織り込まれ、この小館に取り巻かれたゴシック様式の教会は、十二世紀に商業の中心地、グラン・プラスの近くに造られた礼拝堂が元になっている。1381年に内陣が完成した現在の教会は、元の建築物のごく僅かの断片しか伝えていない。破損(1695年の砲撃、1714年の鐘楼の崩落)、修復をいくつか繰り返しており、この聖域は特に、ルイ14世時代の調度品(主祭壇、聖歌隊席、木彫り細工、聖体拝領台、羽目板)を有している。


この教会のルーツは市場の教会としてブリュッセルの町そのものの形成に深く関わっており、商人達が好む守護聖人の一人聖ニコラスに捧げられている。元はロマネスク様式だったが、ゴシック様式で改築・増築(内陣:1381年)された。16世紀の宗教戦争の混乱、グラン・プラスと同じく1695年の砲撃で破壊され、1714年の鐘楼の崩落で傷つき、その度に再建された。現在の正面は1956年のものである。

さて解説に出て来た主祭壇はこれ。


脇の祭壇(?とでも言うのかな)も立派ですね。


こんな凝った飾りもあります。


オルガンとステンドグラス。素晴らしい。


そして、カトリックの教会には珍しくこんなイコンがありました。と言っても複製ですけど。


このイコンは1131年頃、ギリシャ人画家によって、おそらく彼がキエフ、そしてロシアのウラジミール(この名の由来)に旅立つ少し前に描かれたものである。優しさの聖母は「道」であるその子を皆に見せながら抱きしめている。

聖母への祈り

愛の神、あなたは一つの恵みを果たしました。祝福された乙女マリア、私達の主イエス・キリストの母にして教会のシンボル、私達の聖化を全うし、また私達の人格、精神、魂、そして肉体があなたの息子、私達の主イエス・キリストの到来のため、純粋、謙虚、そして愛に満たされていますように。

こういうイコンはよく正教の教会にあるんですけどね。まぁ、カトリック教会にも無い訳じゃありませんけれど。

さて、と。ベルギーネタはまだ続く様です。

話が戻りますけど、子供の守護聖人、サンタさんの聖ニコラスが、同時に商人の守護聖人ってのも結構意外ですよね。

2011年10月29日土曜日

「白耳義薀蓄堂」と改名しようか。

てな事で、ブリュッセルネタが続きます。
まだ世界遺産「Grand Place」も紹介してませんしね。

単純明快なネーミングですね。Grand place=大広場。
その中でもやっぱりひときわ目を惹くのが市役所でしょうか。


市役所の塔の上にはお馴染みの大天使ミカエルが居ますね。「ん?何それ?」という方は4/29の記事をどうぞ。ミカエルさんはブリュッセルの守護天使でもあります。


市役所のすぐ横にはこんな記念碑がありまして、


ブリュッセル市長シャルル・ビュルに捧ぐ 謁見した芸術家達より 1899年

ブラバント人建築家達を讃えて

15世紀 市庁舎 ジャック・ヴァン・ティエンネ ジャン・ヴァン・リュイスブローク
16世紀 王の家 アントワーヌ・ケルデルマン ルイ・ヴァン・ブールエー ロンボー・ケル         デルマン ドミニク・ド・ワジュマケール アンリ・ヴァン・ペド
17世紀 ギルドの家 ギヨーム・ド・ブライム ジャン・コサン エルボフ・ヴァン・ドゥレ           ン モンバエール メルシー

王の家。現在は博物館。


各ギルドハウス。ギルドか。懐かしいですねぇ。世界史の授業でやりました。


主だった所しか撮ってませんけど、この建物の歴史や建築様式をしっかり研究したら一生かかるでしょうね。

グラン・プラスから少し足を伸ばせば、証券取引所の建物もあります。


建築家L.P.スイの設計によって1868年から1873年にかけて建てられた証券取引所は、街の浄化・美化プログラムに組み込まれている。この堂々たる建築物は当時大きく成長していた商取引を取り扱う中心地を創造するという重要な必要性に応えるものである。このスケールと独創性を兼ね備えた記念碑的建築物は嘗てのバター市場の場所を占めており、更に前にはレコレ修道院の跡地の一部だった。この折衷様式の建築物はその装飾様式の豊かさにおいてフランスのネオ・クラシックと第二帝政時代の様式の要素を混合しており、彫刻はロダンを含む当時の高名な芸術家の手になるものである。

これまた素敵な建物ですよ。この解説板に載ってるのがロダン作なんでしょうか。いろんな所に足跡を残してますねぇ。

さて、本日はこれにて。あともう二回程ブリュッセルネタが続きます。

2011年10月28日金曜日

居残り。

さて、日帰り出張だった筈が突然一泊になってしまったので居残りして今日帰って来たおっさんであります。

昨日の話。
待ち時間が結構あったんで、いろいろ散策もしたんですが、さて約束の時間。
「やっぱり明日の朝にしてくれ」おいおい。
まぁジタバタしても仕方が無い。泊りか。

そんなこんなで列車も変更し、ホテルも見付け、さて、どうしようか。ってネタ探しでしょ、そりゃ。という訳で更に散策。

やっぱりこれも街中至る所にありますねぇ。ピンクの象。


デリリウム・トレメンス・ビールのトレードマークですね。「ピンクの象」というのはアルコールによる幻覚の象徴だそうです。ディズニーアニメ「ダンボ」では酔っ払ったダンボがピンクどころか色とりどりの象の幻覚を見るシーンがあった様な気がしますが。

象繋がりでもうひとつ。チョコレート屋さんの前の看板娘ならぬ「看板象」。


ところでこのチョコレート色(勿論色だけ)の象には「猛象(?)注意」の貼紙がしてあって、


注意!

お腹が空いていると噛み付く事があるので、象に触らないで下さい。
既にチョコレートを食べ過ぎているので、餌もやらないで下さい。

ん?何だかよく分からんが…
お腹が空いていると噛み付く事がある。でもチョコレート食べ過ぎてるんならお腹一杯だから噛み付く心配は無い訳だな?じゃ別に危険じゃないんじゃ?

いいんですけど。まぁ、単純に「『像』に触らないで下さい」と書くよりは遊び心があって宜しいかと。

さて、話は変わりますが、侵略者はここブリュッセルにも出現してる様です。


歩いている内にタバコ屋さんを見付けて、普段パリで吸ってるのと同じ煙草を一箱買ったら、お約束の「Fumer Tue」がフラマン語とドイツ語(?多分)で書いてありました。


ひとつの国の中で二つの言語が共存してるベルギーですからね。

一箱4ユーロ。パリでは5ユーロ70セントだし、安いな、と思ってたら、パッケージの印紙に「19Cigarettes」の文字が。ん?普通煙草って20本入りじゃない?
開けてみたら本当に19本だった。ま、それでも単価はパリより安いですが。


開けてから一本抜き取った訳じゃありません。本当にこの状態で売ってます。なんなんだ?
増税で値上げする代わりに中身を一本減らしたとか?
以前ドイツで煙草を買った時、何だかパッケージが普通より一回り小さいのに気づき、開けてみた所、17本入りでした。普通煙草は20本入りで、7・6・7と三列並んでるものですが、ドイツのは6・5・6で17本でした。しかし国内販売向けだけにそんな特別な箱を作るとコストが高くなっちゃうんじゃないだろか。

こちらはメトロの駅の装飾。ブリュッセル中心地は地下鉄ですが、それが郊外に出てそのまま路面電車になります。昔から路面電車は使われていた様で、路面電車博物館なんかもあるそうですね。


さて夜になり、そろそろ夕食など。飲食店が並んでる横丁へ。


お邪魔したのは「Belg'Epoque」さんです。「古き良き時代」の事をベル・エポックといいますが、この「ベル」と「ベルギー」の「ベル」を引っ掛けて「ベルジェポック」。
通りの感じも、店構えも、ツーリストメニューの店でしょうね。でもまぁそんなに高級料理を食す気も無いので、名物を手っ取り早く頂くには便利そうな店。


そんな訳でベタなコース。前菜にスカンピ(海老)。皿がテーブルに運ばれて来た途端にプーンとニンニクが香ったんですが、食べてみるとそんなにニンニクが利いてる訳でもない。もっとニンニクたっぷりの方がおっさん好みです。塩気もちょっと足りなかったかな。


メインはやっぱりこれ。これは結構いけました。何だかんだ言いつつ結局スープも全部飲んじゃいました。


デザートは…期待もしてなかったけど、まぁこのメニューならこんなもんでしょう。


で、食事も終え、ホテルへ戻る途中、アラブ系の食料品店でこんな物をやっぱり購入。
ベルギーですからね。ベルギー南西部、フランス国境にも近いレフ修道院のビール。ブロンドとブラウンが置いてありましたがブラウンを選択。ヨーロッパビールって結構甘めなのが多いですけど、これもそのクチです。でも割と嫌いじゃない。


ホテルで一杯。後は寝るだけだし。お疲れ様でした。

2011年10月27日木曜日

出張です。

今回はブリュッセルに出張。
ベルギー、ブリュッセルと言えば何を思い浮かべますかね?

ワッフル?


チョコレート?結構凄そうなヌガーもあったのは意外でしたが。


ビール?


レースや刺繍?


いろいろありますが。しかしやっぱりここに来たからにはこの人に会いに行かねばなりますまい。


その昔、敵がブリュッセルの城壁に爆弾を仕掛けて破壊しようとした時、ジュリアン君という男の子がオシッコで導火線の火を消して町を救ったんだとか。


1619年生まれとの事ですから、400歳近い「小僧」です。でもこの像は二代目で、初代はどこかへ行ってしまったんだそうで。誘拐されちゃったんでしょうかね。

さすがタンタン君と並んで「世界一有名なベルギー人」。あちこちで使われております。
取りあえずタンタン君も負けてませんが。


キーホルダーとかよくありそうですけど。他にも栓抜きとか、ワインオープナーとか。でも、チ○ポをコルクに捻じ込むって、なんかシュール。


これもシュールだなぁ。チョコレート屋さんの店先でオシッコの代わりにチョコレートを放出する「小僧」。


こちらはビール。色といい、泡のたち具合といい、んー、なんかリアルだ。どーなんだろ、と思ってたら、「本家」小便小僧はビール会社のイベントの際には本当にビールを出す様に設定され、そのビールは観光客や道行く人に振舞われるんだとか。
日本茶会社でなくてよかったですね。


こちらは少しポーズを変えてワッフルを頬張る「小僧」。


さて、日本では子供は深夜働かせちゃいけないいんですけどね。こっちではその辺どうなんだろうか。

ところで、「小僧」は有名ですけど「小便少女」の方は「小僧」程には有名ではないですね。男女差別か?まぁ、「少女」はつい最近、1985年作ですからね。年季が違うって事か。

それにこのポーズですからねぇ。


今は放尿はしておりません。普段は鉄扉で閉ざされております。あんまりおおっぴらに見せるものじゃないと言う事?そりゃそうか。


しかし、もしこれが日本にあったら児童ポルノとか、「非実在青少年」に引っ掛かるんだろうか。三次元だからいいのか?どうでしょう。


ほんとに、何かほっとした様な表情をしてるように見えるのは気のせいでしょうか。

これだけで結構長くなっちゃいました。続きは明日。

出張だった筈なんだけどな。何やってんだか。