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2014年6月10日火曜日

「石炭をば早や積み果てつ。」

懐かしいですねぇ、「舞姫」など読んだのはいつの事だったか…中学生?高校生?

で、何でいきなり鴎外かと言えば、菩提樹の季節だからですね。


大田豊太郎がベルリンに赴任し、ウンテル・デン・リンデンに立つ場面がありますが、この大通りの名前は「菩提樹の下」という意味ですね。そして実際に菩提樹並木でもあります。英語にすれば Under the Tilias でしょうか。パリのシャンゼリゼにも肩を並べるベルリンの大通りです。実際のドイツ語の発音はウンター・デン・リンデンに近いですけどね。

「菩提樹下と譯するときは、幽靜なる境なるべく思はるれど、この大道髮の如きウンテル、デン、リンデンに來て兩邊なる石だゝみの人道を行く隊々の士女を見よ。」

成程、菩提樹の下なんて言うとしーんと静まり返った所みたいに思うけど、実は賑やかな大通りなのですね。ただお釈迦様が悟りを開いたという菩提樹はこの木じゃありませんけどね。
ドイツでリンデンバウム、英語やフランス語でティリアという木は一般に菩提樹と訳されますけど、実はシナノキというんだそうで、お釈迦様が悟りを開いた木はインドボダイジュという別の木です。

で、実はおっさんはこの木に関しては花より実のほうが好きなのですよ。いや、別に食べる訳じゃありませんよ。


これはもう実をつけ始めた頃の写真ですけど、実のついてる所だけ、他と色と形が違う葉がついてるのが分かるでしょうか?一番上の花の写真でもそうですが。
菩提樹の花言葉…じゃなくて木の言葉は「夫婦愛」で、それはこの木の葉がハート型に見えるからなんだそうですが、実のついてる所にはハート型ではなくて細長い、黄緑の葉がついてます。


で、茎みたいな物の上に細長い葉、下には実がついていて、この葉・茎・実がワンセットになって、何と言うか八分音符(こんなの→ ♪ )みたいになってポロリと落ちます。すると実が重りになって、葉がプロペラみたいにくるくる回りながら落ちるんですね。この瞬間を何とか撮影したいとかねがね思っておりますが、まだ成功しておりません。
白洲正子さんが、いつも知らないうちに開いている夕顔が開くその瞬間を見たくて、一つの蕾にずっと目を凝らしていたら、その蕾は結局開かずに萎れてしまった、という様な事を書いてましたが、そんな物なんでしょうかね。

ところで話は飛びますが、この文章を書く為に、毎度お世話になる青空文庫さんで「舞姫」を読み返していたら(短いからすぐ読めるし)、夜中にもかかわらず声を上げて笑ってしまいましたよ。
「舞姫」のストーリーそのものは勿論悲しい話ですし(てか主人公、その優柔不断な性格を何とかせい、って話ですよね)、笑う様な話じゃないのは重々承知です。

何で大笑いしたかというと、この文章。エリスが豊太郎を家に連れて行き、父が亡くなり、葬儀を出す費用もない、それどころかこのままでは生きて行く為には体を売るしかない、どうか助けて下さいと懇願するのですが…

「『我を救ひ玉へ、君。金をば薄き給金を拆きて還し參らせん、縱令我身は食はずとも。それもならずば母の言葉に。』彼は涙ぐみて身をふるはせたり。その見上げたる目には、人に否とはいはせぬ媚態あり。」

はっはっはっ。かの森鴎外先生でも、美少女・涙目・上目づかいの萌え要素三連発攻撃には耐えられなかった訳ですね。はっはっはっ。てか最強コンボじゃないか。
ピクシヴ辺りの絵師さんに、この場面の豊太郎とエリスを描いてみてほしいと思うのはおっさんだけでしょうか。あ、できれば劇画調で。
しかしその後で

「この目の働きは知りてするにや、又自らは知らぬにや。」
などと考察するあたり、さすが鴎外先生。

「昔の様に、もう一度、温もりを…」

いや、それは違うオウガイ先生だから。

「悲しい男よ、誰よりも愛深き故に…」

だから違うって。

鴎外の「舞姫」に潜む萌え場面、って訳で、「壁ドン」とか「月が綺麗ですね」とか「台風で飛ばされて来た変な物」とか、時々ツイッターで大喜利をやってますけど、どうですかね、「文豪の名作に隠された萌え場面挙げてけ」なんてどなたかやってみませんか?

2014年5月20日火曜日

キツイ季節ですね。

花粉症の方々には大変な日々をお過ごしの事かと。お見舞い申し上げます。

面白いもので、日本では花粉症だけどこっちでは大丈夫という方、その逆の方、どっちでも駄目な方、どっちでも大丈夫な方、人それぞれですね。人によって反応するアレルゲンが違うんでしょうから当然と言えば当然なんですが。
おっさんは幸いな事にどっちでも大丈夫派です。

これはおっさんの家の入り口なんですが、マットの上を良ーく御覧下さい。


わかんないか。拡大。


ん?不精して掃除をサボったせいで綿埃だらけなのかって?いや、ポプラの綿毛です。近所にポプラなんか無いのに、やっぱり随分遠くまで飛ぶんですね。

いろんな花粉症、アレルギーがある訳ですが、ポプラアレルギーってのも凄いんですってね。
近所にポプラの木なんか無いおっさんの家まで綿毛が飛んで来る位で、まわり中ポプラ並木だらけの高速道路なんか走ってると、この綿毛が飛び交ってます。所によっては道路脇に吹き溜まりみたいにこの綿毛が溜ってるのを見ることもあります。勿論高速で車を停めて写真撮る訳にはいかないんですが。

おっさんの家内もこれに弱いから、北海道とか住めないでしょうね。
札幌の北海道庁の画像。

http://ctsuusin.seesaa.net/article/122814795.html

この綿毛、油分が強いから火を点けると良く燃えるんですってね。これを集めて燃料に…なんて無理か。

以前(2011/5/27です)プラタナスの種の事も書きましたけど、こっちも盛大に道路を埋め尽くしてますよ。

こんな感じの種の塊がバラけて落ちて、


こんな風になってます。


並木そのものは綺麗なんですけどね。


これまた集めて何かに再利用できないんですかね。パリ中の並木道から掻き集められるこの種だけでも凄い量になると思うんですが。松ぼっくりだってキャンプの焚き火の時なんか格好の焚き付け&燃料になる訳だし。

そんなこんなで上と下を交互に見ながら歩いてたら、今度はこんな物が目に付きまして。


近所のマロニエの花。マロニエについては2011/9/17に実の事を書いとりますが。
先日来の雨でだいぶ散っちゃったんですが、これは散る前の写真。


赤いのと白いのと。

で、散った花が地面に落ちてたんですが、


へぇ、マロニエの花って、椿みたいに花ごとコロッと落ちるんですね。椿について書いたのは2011/3/14でしたか。その椿の、花弁がハラハラと散るのでなく、花の形のままコロッと落ちる様子が打ち首を連想させて縁起が悪いというので、武家の庭には椿は植えなかったんだそうですが。

他にも「腹を切る」なんて縁起が悪いからというので武家文化の関東では鰻を腹からではなく背から捌くとか、そういう所謂「縁起担ぎ」って色々ありますよね。(う~ん、後ろ傷だって結構嫌なんじゃないかとも思うんですが。関西でも「自腹を切る」なんて嫌だというので鰻を背から捌く人もいるんだとか。)

大リーグ・NYヤンキースのイチローさん。野球の事なんてさっぱり分からないおっさんでも知ってる訳ですが、この人もベンチから打席に向かう時、ベンチの階段を左足から上るんだそうですね。で、ヒットが出ればその次の打席の時も左足から。もし凡退したら次の時は右足から上るんだそうです。それでまた凡退したら今度は左足から。で、時々どっちだか分からなくなって階段の前で足踏みしてしまって、仕切り直して改めて階段を上る、なんて事もあると、何かの対談で話してました。

緑間っちはバスケットシューズを右足から履くそうで。人事を尽くして天命を待つ、その人事の内に縁起も含まれてるんですね。ジャンプ読者じゃない方、ごめんなさい。

ところでこの「縁起」と同じ意味で「ゲン」ってのもありますね。これは所謂逆さ言葉。エンギを引っくり返してギエン、これが縮まってゲンになったんですってね。

ヤの字から始まる自営業の方(八百屋さんじゃありませんよ、というのは文珍師匠のネタです)は、奥さんの事を「バシタ」と呼びますが、これも逆さ言葉で、元はシタバ、文字通り下の場所、陰部を指す言葉だったのが、女性を指す言葉となり、更にその人の特定の女、つまり女房の意味になった…んだそうですが…ヤ○ザ屋さんは男社会だからなんでしょうか、下の場所→女性ってのも凄い飛躍だな…

いや、このブログも話飛躍しまくりですから。人の事は言えませんって。

2014年3月14日金曜日

今年は冬が来なかった様な。

暖冬だなぁ、などと思ってたらもう三月も半ばですねぇ。
オリオンが傾き、双子座が上り、獅子座が後を追い(蟹座はパリみたいな街灯の沢山ある明るい所では良く見えん)、冬が来ないまま春です。

花も色々と咲き、散歩には良い季節ですね。
所で先日、日本の方のパリ旅行記ブログを覗いていたら、こんな物が出てまして。
パリをお散歩中に見つけた標識なんだそうですが、


この標識は一体何だろうという事で、「誘拐禁止?散歩禁止?」等々と首を捻ってましたが、いや、まさか。

これは「ホコテン終わり」、つまりこの標識の所までは歩行者専用道路、ここでホコテン終了、という事ですね。しかし誘拐禁止か。世の中にはユニークな発想の方がいるのですねぇ。

因みにこっちは「ここからホコテン」の標識。
上に「歩行者道」下には「二輪を含む全ての車両の通行及び駐車禁止」と書かれております。


所で今、「ホコテン」という言い方は日本では古いのでしょうか?今の人は何て言うのだろう?

またもや因みに「歩行者専用道」と「歩行者通行禁止」。禁止の方は分かるとして、専用道の方は上のと同じ理屈で「これは何の標識だろう?」と考え込む人もいるかも知れませんね。


さて、前置きをここまで引っ張っておいて何ですが、今回のネタはホコテンとは全然関係ありません。ま、標識ネタではあるんですが。

「進入禁止」の標識ってありますよね。こういうの。


結構前から、この標識にイタズラして面白くするのが流行の様で、色々見かけたのでまとめてみた訳です。はい。

「彫刻家:モアイ型」


おっさんはモアイには親近感を覚えるのですよ。眉の所が盛り上がって鉤鼻、良く言えば彫りの深い顔立ち。ま、いつかも書きましたが現在の日本人の主流である弥生型と違って、おっさんは縄文型の骨格をしている訳ですね。弥生系が北伝、縄文系が南伝だとすれば、イースター島と縄文日本は関わりがあったのだろうか?いや、無いと思うぞ。多分。
所で所謂新島モアイ、渋谷駅にもありますけど、あれは正式には「モヤイ像」と言うのだそうですね。モアイをもじってモヤイなのかと思ったら、「舫い(もやい)結び」のもやいの意味をも込めたネーミングだそうで。繋ぎ止める、一緒になるという意味なんでしょうね。そういえば子供の頃練習したなぁ、舫い結び。池から蛇が顔を出し、池のほとりの木を一周して池の中に戻って行きました…あー懐かし。

「手械・首枷:罪人型」


いや、別に「SM調教型」でも良いんですけどね。それは又別の機会に。

「石川や 浜の真砂は 尽くるとも 世に盗人の 種は尽くまじ」

やっぱりこっちで行きましょうや。いや、実際石川五右衛門が手械・首枷をされてたかどうかは知りませんよ。「罪人」繋がりで。創作の世界では五右衛門は釜茹の刑の際、息子を高く持ち上げ、滾った油の中に落ちない様に護った、等と言われてますが、実際はそんな立派なものでもなかったらしいですね。処刑される時「打ち首と釜茹、どちらが良いか」と聞かれて、「釜茹なんて恐ろしい、打ち首にしてくれ」と言った後、考え直して「いや、少しでも長く生きていられるから釜茹が良い」と答え直した、なんて話もどこかで読んだ様な気もしますが。

「重き荷を負いて:徳川家康型」


「人の一生は重荷を負いて遠き道を行くがごとし、急ぐべからず。不自由を常と思えば不足なし。心に望み起こらば困窮したる時を思いだすべし。堪忍は無事長久の基、怒りを敵とおもえ。勝つことばかり知りて、負くることを知らざば、害その身にいたる。おのれを責めて人を責むるな。及ばざるは過ぎたるより勝れり」

ま、これは家康本人の言葉ではないという説もある様です。

負け戦で命からがら城に逃げ込んだ時、恐怖のあまりウンコを漏らしてしまい、その時の様子を絵師に描かせ「今後私が増長する様な事があったらこの絵を見せて諫める様に」と言った、なんていうエピソード(実話かどうか存じませんが)のある家康らしい言葉じゃないですか。(そうか?)

因みに中島みゆきファンのおっさんですが、嫌い、と言うより聞きたくない曲があります。「重き荷を負いて」という、正にこの家康の言葉に題材を取った曲なんですけどね。そんな大層な物は何一つ背負わずにヘラヘラしてるおっさんとしてはこんな立派な曲はどうしても聴く気になれないのですよ。もう一つ苦手なのが「背広の下のロックンロール」でして。おっさんはそんな大層な物を内に秘めたりしてませんのでね。中身無いから。

序でに好きな曲はと言えば「蕎麦屋」と「タクシードライバー」であります。理由?「蕎麦屋」の歌い出しの歌詞そのものだからです。

「爆弾三勇士:突撃型」


爆弾三勇士ねぇ…普通そんな事考えるか?大抵の人は引越しの荷物運びか工事現場を連想すると思うぞ。

ま、意味の分からない方は「爆弾三勇士像 画像」とググって頂ければと。第一次上海事変の英雄ですな。

1931年の柳条湖事件(おっさんが子供の頃は「柳条溝」と習ったんですが、今は違うんですね。「硫黄島」の「いおうとう」「いおうじま」もそうですけど。)、1932年第一次上海事変、1937年盧溝橋事件とそれに続く第二次上海事変、そして日本は泥沼の対中戦争へと足を踏み入れてしまったのですね…

以前、おっさんより一回り位年下の方と話していて、なんの加減か覚えてませんが「木口小平」の話になりまして。

キグチコヘイ ハ テキ ノ タマ ニ アタリマシタ ガ、
シンデモ ラッパ ヲ クチ カラ ハナシマセンデシタ。

おっさんにとっては日清戦争の英雄、戦前の日本人の一典型を成す人物なのですがね。その(おっさんより)若い方が言うには「死んでもラッパを離さなかった…?ミュージシャンですか?」

昔は軍隊では色々な合図をラッパで知らせていたんだよ、木口小平は命令や伝達事項をラッパで皆に知らせるラッパ手だったんだ、等と説明しながら、明治は遠くなりにけり、木口小平がミュージシャンかよ…等と思った次第です。

突撃の命令が下った時に吹く「突撃ラッパ」は今でも結構有名な様ですが、「正露丸」のコマーシャルのラッパのメロディーが、食事だぞ、と知らせる「食事ラッパ」な訳でして。 「ラッパのマークの大幸薬品」の「正露丸」の前身となった薬が「征露丸」で、日清戦争で生水で腹を壊したり感染症にかかる兵士が多かった為、その対策として日露戦争の時には兵士に「征露丸」が配布されたのですね。征露丸…読んで字の如し、です。

ま、今回はこの辺で。 今後、更にいろんなイタズラ標識のバージョンが出て来るでしょうから、また画像が溜まったら纏めましょうかね。   しかしパリの標識の話だったんだけど、今回の話は見事な程にパリに何の関係もありませんね。 ま、いつもの事か。

2012年1月5日木曜日

BGMはサンタナで。

お願いします。“ヨーロッパ”ですから。

ヨーロッパ地区の最後にヨーロッパ駅という訳ですね。という割には今おっさんの部屋では「シークレット・ポリスマンズ・コンサート」のエリック・クラプトン&ジェフ・ベックの「Cause we're ended as lovers」がかかっておりますが。いいですねぇ、このアルバム。

さて、ローマ駅があるバティニョル通りからローマ通りを下ってヨーロッパ駅へ向かいます。ここローマ通りには嘗てパリの音楽学校があったので、今でも楽器屋さんが多い所です。現在音楽学校はパリの北東部、ヴィレット地区にあります。そういえばヴィレットには音楽博物館もありましたね。今度行ってみよう。
それはさておき楽器屋さん街。


楽器屋さん街を下って行くと、ウィーン通りとの交差点近く、ヨーロッパ駅がありますよ。


これまたギマールのアール・ヌーヴォーの入り口。
そしてこの駅にはこんな案内板がありまして。
(関係ありませんが、この文章を書いてるうちに、BGMは1984年の「バンド・エイド」の仕掛け人、ボブ・ゲルドフの「I don't like Mondays」に変わっております。アムネスティ・インターナショナルのために開かれたこの「シークレット・ポリスマンズ」がゲルドフにチャリティーアルバムというアイディアを与える訳ですね。そして作曲されたのが「Do they know it's Christmas?」でした。)


メトロ100年のための九つの駅(てかこのイラスト、メトロっていうより虫みたいだ)

メトロ100周年に際して、九つの駅が19世紀と20世紀をつなぐ指標となるテーマに沿って演出された。各駅ごとにテーマがあり、感動、時に驚きを呼び起こす。メトロの歴史の中で、これらの駅はメトロの文化的側面を見せてくれる。九つの駅とは、歴史の証人・チュイルリー、健康・パストゥール、音楽・カールフール・プレイエル、スポーツ・ヴィルジュイーフ・レオ・ラグランジュ、ヨーロッパ・ヨーロッパ、映画・ボンヌ・ヌーヴェル、メトロを造った人々・モンパルナス・ビヤンヴニュ、創造・サン・ジェルマン・デ・プレ、都市におけるエコロジー・リュクサンブール、である。

ヨーロッパ:ヨーロッパを巡り歩く
似ている所、違う所、ヨーロッパに毎日出会う。ヨーロッパ連合の15の国(訳注:この辺に時代を感じますね。現在ヨーロッパ連合は27カ国です)に、週ごとに発見すべきそれぞれのライフスタイルがある。行程に沿って、それぞれの国が順番に「駅」が表現しうる方法で紹介せれ、各々比較される:光、音、映像によって。それぞれが近隣国の習慣に出会ったり、比較検討してみたり。そしてヨーロッパの文化を探検してみよう。

…意味のよくわからない案内だ。
大体それらしい展示が見当たらん。こんなことが書いてあるから、リエージュ駅のモザイクの様に、またはショセ・ダンタン・ラファイエット駅の天井画の様に、展示がある筈だと思ったんだが…

あるのはこんなモニター。


駅のホーム中に幾つものモニターがあるけど、全部同じのをやってる。これでモニター毎にヨーロッパのいろんな国を紹介してるんならまだ分かるが。


キノポルスカ 2011年11月ー12月

パリ地下鉄・バス公団、メトロ3番線は、第四回フェスティバル・キノポルスカで上映される、スタジオ・セ・マ・フォルのアニメ作品の一部をご紹介するために、ポーランド協会と力を合わせる機会を得た事を嬉しく思います。フェスティバル・キノポルスカは2011年12月7日から13日、パリ5区、ルフレ・ド・メディチ映画館にて、今年はカンヌ映画祭の前哨として、ロマン・ポランスキー、イエジー・スコリモフスキ、アンジェイ・ワイダ、アンジェイ・ズラウスキ、また、若い世代からはBartosz Konopka、Jan Komasaなどを含む、20人程の高名な招待客が集い、それぞれの映画のヴィジョンとヨーロッパの歴史を分かち合う。
フェスティバルはまた、その多大な部分をスタジオ・セ・マ・フォルに関するアニメ映画にもさいている。このスタジオはポーランドのアニメ映画の分野では最も知られたグループのひとつである。そのレパートリーは1400作以上を数え、その半分以上は立体アニメであり、1983年のズビグニュー・リプチンスキー作「タンゴ」なども含まれる。
フェスティバル・キノポルスカはこのスタジオを上映・交流・アトリエなど10件程のイベントを通して全面に押し出している。
フェスティバル・キノポルスカはポーランドがヨーロッパ連合議長国となった機会に際し、12月7日から13日、パリ5区シャンポリオン通り3番地のReflet Medicis映画館で行われる。

もう「行われた」になっちゃってますよ。
まぁ、解説の文章にある(若手の方は残念ながら存じませんが)招待客はビッグネームばっかりですし、リプチンスキー監督は日本でも有名ですね。どんなに力の入ったイベントか分かろうってもんですが、だからって全部のモニターに同じ映像流さなくたって良さそうな。
で、フェスティバルは去年もう終わっちゃったんですけど、いつになったら新しい映像に切り替わるんだろうか?

さて、BGMの方も、ラストのシークレット・ポリスマンズ全員のコーラスによるボブ・ディラン「I shall be released」になりました。しかし、このバージョンを初めて聴いた時は、ボブ・ディランのオリジナルと同じ曲と気づくのに結構時間がかかりましたね。増してディランⅡの「男らしいってわかるかい」と比べると…うわ。

ところで、何故「I will be…」でなくて「I shall be…」なのかは10/25の記事を御覧頂きましょうか。単なる「こうなるだろう」という未来型ではなく、「こうする(なる)んだ」という意思が含まれてると「Shall」なんですよね。

ともかく。ヨーロッパ地区一回りの散歩も一段落。お疲れ様でした。

さて、ここらで一服。プカプカ プーカプーカ プカー。

2012年1月3日火曜日

話を戻して。

ヨーロッパ地区、まだ続きます。

リエージュ駅から更にアムステルダム通りを下ります。ミラノ通りが左側です。
ミラノ通りにあるカフェ・ミラノ。結構安直だ。そういえばリエージュ通りにもカフェ・リエージュがあったな。


更に下ればまた変形交差点で、アテネ通りとロンドン通りが交差します。そしてその交差点はブダペスト広場といいます。なんかごちゃ混ぜですね。


そのブダペスト広場から坂を下ると、アムステルダム通りから右に分岐するアムステルダム小路、


左に分岐するブダペスト通り。


ヨーロッパ地区の中で、名前が二度出て来る都市はこのアムステルダムとブダペストだけですね。ヨーロッパの都市なんて他にもいくらでもあるだろうに、なぜこの二つの都市だけは二回?秘密の臭いがする。いや、無いって。

で、サン・ラザール駅の西側ローマ通りを北上、北側のバティニョル通りを経て、駅の東側のアムステルダム通りを下ってきた訳ですね。ここから先にはヨーロッパの都市の名前の通りはありません。という事で、今度はこの台形の「中」に進むべく、少し後戻りをします。

ロンドン通りからヨーロッパ広場へ。


オルセー美術館にあるモネの作品そのままですねぇ。パリに生まれ、ノルマンディー地方ル・アーブルで育ったモネはサン・ラザール駅や蒸気機関車の絵をよく描いてます。東北地方出身の人が上野駅に惹きつけられる様なもんか。
でもこのヨーロッパ広場、見回した所標識が見当たらないんですけど。探し方が悪いのか?

ここヨーロッパ広場でロンドン通りはコンスタンティノープル通りと名を変え、リエージュ通りが東西に突っ切り、もうひとつ交差するウィ-ン通りがサン・ペテルスブール通りと名を変えます。

で、そのサン・ペテルスブール通りをモンマルトルに向かって上って行くと…


こんな建物があります。1872年から78年まで、マネのアトリエがあった所ですね。でも別に博物館や記念館になってる訳ではありません。普通の住居兼オフィスビルですから、内部見学はできませんが。

そしてまた変形交差点に出会います。サン・ペテルスブール通り、トリノ通り、モスクワ通りが交差するダブリン広場ですね。


さて、これでヨーロッパ地区一巡りしたかな…と思ってたら、バティニョル通りにあるローマ駅を忘れてましたよ。仕方が無い、最後のヨーロッパ駅に行く前にローマ駅に向かって坂を登っていく事にするか。

2011年12月29日木曜日

♪上り詰めたらあとは下るしか無いと…♪

さだまさしさんの「飛梅」。
この頃のさださんの歌って、まだ悲しい歌が結構多いですねぇ。

同じアルバム「風見鶏」に収録の「つゆのあとさき」とか。
お馴染みWIKIさんによると、「タイトルは永井荷風の小説『つゆのあとさき』から採られたが、歌詩(さださんは「作詞」じゃなくて「作詩」なんですよね)と小説には関連は無い」とありますが、そーかぁ?
彼女に浮気され、結局彼女は新しい男を選び自分の許から去って行く。その彼女を『僕を卒業して行く』んだと、WIKIさんに書いてある通り「誠意」も勿論ありますけど、意地でも笑顔で見送ってやるという男の痩せ我慢を感じませんか?

それはさておき。ヨーロッパ地区の続き、今度は下り坂です。

さて、サン・ラザール駅の西側、ローマ通りを上り、バティニョル大通りまで出たら右へ。線路を跨ぐ陸橋を超え、右を見ながら進むとモスクワ通りがあります。モスクワ通りは途中、ベルン通りと枝分かれしてますね。


通りをひとつとばして次がトリノ通り。北イタリア、嘗てはサルデーニャ王国の都だった所ですね。サルデーニャ王国については8月のシャモニーの記事をご覧頂きましょう。


このトリノ通りに入り、次の角を左に曲がればフィレンツェ通り。フランス語でフローレンスですね。所で、パリのイタリアンレストランで、フィレンツェ風「Florentin(フロランタン)」というと、何故か大抵ホウレン草を使った料理なんですが。名産なんでしょうか。


フィレンツェ通りを突き当りまで進んで更に左折。サン・ペテルスブール通りに出ます。嘗てのロシア帝国の都。船戸与一さんの「蝦夷地別件」にも出て来ました。日本語ではサンクト・ペテルブルクですかね。昔はレニングラード通りでした。サン・ペテルスブールはソ連時代にはレニングラードと呼ばれてましたからね。レニングラード通り時代の事はおっさんも覚えてますけど、その前はやっぱりペトログラード通りと呼ばれてたんだろうか。


そしてクリシー広場に出る訳ですね。ロータリーの真ん中に建つのはモンセー元帥のパリ防衛戦の記念碑。この辺は11/5、そしてそのすぐ近くに嘗てあった「カフェ・ゲルボワ」については5/3の記事をそれぞれご覧下さい。
クリシー広場から、アムステルダム通りの入り口を一旦通過してクリシー通りへ。左側、最初の角がブリュッセル通り。ブリュッセルも出張ネタでいろいろ書きましたから、お手数ですが10月の記事へどうぞ。ブリュッセル通りはパリ9区になりますね。今まではずっと8区だったんですが。


さて、8区のアムステルダム通りに戻ります。サン・ペテルスブール通りとクリシー通りの間の道です。アムスに行ったのなんて何年前だろうか?まだ子供がいなかった頃、2、3日休みがあったんで、家内と「行ってみようか?」なんてノリで、当時在来線の急行で7時間以上かけて行った覚えがあります。今なら新幹線「タリス」がありますから4時間もかからない。便利になったもんです。


アムス通りを下りつつ、左手にはパルマ通り。
かなり前の話ですけど、サッカーの中田英寿さんが一時パルマにいましたね。
パルマハムも良いですねぇ。正確にはプロシュット・ディ・パルマと言うんだそうですが。日本ではイタリアの生ハムをプロシュット、またはプロシュートといいますけど、実際はプロシュットと言うのはハムの事で、生ハムはプロシュット・クルードと言うんだそうです。フランス語でもジョンボン・クリュです。意味は同じですね。
イタリアワインも良いですよ。キャンティが有名ですけど、キャンティよりも安くて、味では決して負けてないのがヴァルポリッチェラです。パルマがあるエミリア・ロマーニャ州の東隣、「ロミオとジュリエット」の舞台となったヴェローナがあるヴェネト州の名産ですね。
生ハムにイタリアワイン。これ好きだわー。

序でに言えば、プロシュット・ディ・パルマ、中国の金華火腿(日本で言う金華ハム)と並んで世界三大ハムに数えられるスペインのハモン・セラーノと、同じくスペインのワイン、リオハ。このコンビも最強ですなぁ。


更に下ると右手にブカレスト通り。ルーマニアワインもまた有名ですねぇ。
何か「酒飲み」スイッチ入ってないか?モルダヴィア・ワインに、ニンニクのきいたルーマニア料理。んー。そういえばルーマニア料理の老舗「ダリエ」さんは表参道に引っ越したんだそうで。日本にいた頃(だから「ダリエ」さんはまだ銀座にありました)、当時の彼女と…行った覚えがあるな…しかしドラキュラの故郷トランシルバニアを抱えるルーマニアですからね。この位ニンニクを食べないと人間は生き残れなかったのかも知れない。


そして次の交差点では、さっきのモスクワ通りが下って来て合流し、同じ交差点でリエージュ通りとも交わります。リエージュってあまりお馴染みではないかと思いますが、ベルギーの町ですね。


日本でも流行ったベルギーワッフル。日本ではふわふわの物が多かった様ですが、中がみっしり詰まったしっかりしたワッフルをリエージュ風と言いますね。フランス語でゴーフル・リエジョワ。こんなの。チョコ有りと無しバージョン。


これまたおっさんの好物であります。今度は甘い物スイッチか?

で、リエージュで途中下車と言うか、寄り道する予定ですのでとりあえず今日はここまでにして、明日リエージュ特集です。